臨床薬理の進歩 No.47
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写真 1  ミネソタ州はアメリカの冷蔵庫と呼ばれるほど寒冷地で、4 月に渡米しましたが、まだ雪が降っていました。その中でスーパーに歩いて買い物に行ったりセットアップする作業はかなり体力を削られましたが、Mayo Clinic 日本人会が活動していることを知り色々な方に頼りながら何とか生活を整えることができました。この経験から私自身も後に Mayo Clinic 日本人会の幹事の 1 人になりました。 また、Visiting Research Fellow として無事渡米することができたのですが、渡米後判明したことは、Mayo Clinic では助成金なしで給与が出ない留学生は実質的には 1 年しか滞在することが許されず、改めて自分が 2 年間留学できたのは幸運なことを実感しました。 私が渡米時点での為替は 1 ドル 135 円前後でしたが、以降最大 1 ドル 161 円まで円安に至りました。そもそもアメリカでは物価高・インフレが進んでいたこともあり、体感で日本の2 倍程度の値段で商品を買う感覚になりました。更に問題は 1 ドル 200 円になるのではないかと不安を煽られ、2 年間の留学を全うできるのか絶望した時期がありました。アパートの賃料も田舎のミネソタ州ロチェスター市でも月 25 ~30 万円前後かかり、都心部(ニューヨークやロサンゼルス)では月 50 万円ほどかかると聞きました。そんな中自分が取った対策は 2 つありました。1 つ目はフードバンク(給与が少ない家庭のための賞味期限間近の食材を 0 円でくれる場所)へ通うこと。2 つ目は夏場に限り毎日アパートの備え付けのバーベキューコンロでバーベキューしました。奇行だったと今でも思いますが、おかげさまでバーベキューの技能が上がり続け、30 人ほど集まる日本人会バーベキューで肉を振る舞うという謎の偉業を達成しました。お恥ずかしながら結婚するまで私は自宅冷蔵庫のコンセントを抜いて生活をするくらい料理スキルゼロの人間でしたが、留学すると自炊スキルが上がるというのは本当でした。 ロチェスター市は寒く、夏は短く、田舎でしたので娯楽が少なかったですが、ゴルフと筋トレを日課としていました。ゴルフはカートを使わなければ(バッグを担いで移動すれば)3000 円前後で 18 ホール回れましたし、クラブは中古を格安で購入していました。同じラボの日本人の先生が大学でゴルフ部だったこともあり、完全初心者でありましたが、教えてもらいながら回っていました(写真 1)。筋トレに関してはMayo Clinic 内に巨大トレーニング施設(寄付金で建設されています)があり、Mayo Clinic 日本人会の有志の方と週 2 回情報交換しながら筋肉を肥大化させる努力をしていました。 旅行は車で行けるところは最大限行きました。州都のミネアポリスまで車で片道 100 km(1 時間)で行くことに抵抗はなくなりましたし、医局の先輩が野球観戦(大谷翔平選手)目的に夏休みを使って来てくれたので、隣の州のミルウォーキーやシカゴ(片道 600 km なので青森から東京程度)へ野球を観に行ったことも良い思い出でした278経済環境と円安余暇の過ごし方

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