考 察追 記収縮性が保持された心不全に対する国産治療法の開発については公表を控えている。現在は、医師主導治験の実施に必要な申請書類等の整備を進めており、名古屋大学医学部附属病院を主施設として、複数の共同研究施設を加えた多施設共同体制を構築した。 本研究で検討している治験薬は、これまでの基礎研究で得られた知見をもとに開発された線維芽細胞の形質転換抑制作用を有する薬剤であり、既存の心不全治療薬とは異なる新しい薬理学的機序を特徴とする。そのため、進行した心不全の病態を可逆的に改善し得る可能性がある。特に HFpEFに対して根本的治療となる可能性を秘めており、さらに線維化を共通病態として有する HFrEF に対しても、将来的な応用可能性があると考えている。 基礎研究で得られた知見を実際の治療法として患者に届けるまでには、多くの困難がある。動物実験で有望な結果が得られても、それをヒトで検証するためには、薬剤の供給体制、品質管理、非臨床・臨床データの整理、規制当局との相談、治験実施体制の構築、資金確保など、研究者だけでは完結しない多くの課題を一つずつ解決する必要がある。特に循環器領域では、医師主導治験を実施するための資金的・人的基盤は十分とは言えず、基礎研究から臨床開発へ進む段階に大きなハードルが存在することを痛感している。 それでも本研究に取り組む意義は大きいと考えている。HFpEF は高齢化社会の進行とともに患者数が増加しているにもかかわらず、その病態に直接介入する治療薬の開発は十分ではない。近年のHFpEF 治療薬の開発は欧米の製薬企業や創薬ベンチャーによって主導されており、国内企業による取り組みは限られている。さらに、我が国では医薬品・医療機器分野の貿易赤字が深刻化しており、2023 年にはその赤字額が約 5 兆円に達し、同年の総貿易赤字約 6.6 兆円の大部分を占めている。今後、HFpEF 治療薬の海外依存がさらに進めば、医療財政への負担増加は避けられない。 この観点からも、既存薬を新たな疾患に適用するドラッグ・リポジショニングの手法は、開発コストを抑えつつ社会的意義の高いアプローチといえる。しかしながら、この手法は製薬企業にとって利益が生みにくく好まれていないのが実情である。以上のことからも企業主体に任せるだけでなく、本研究で用いる薬剤は日本で創製されたものであり、国の戦略的支援のもとに体系的に推進していくことが重要である。 現在、循環器領域における医師主導治験の資金的支援源として利用可能なのは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「臨床研究・治験推進研究事業」および「橋渡し研究プログラム」に限られており、これらの採択を目指して準備を進めている。また、国内外の複数の製薬企業やベンチャー企業とも研究支援について協議を行っている。実際には、アカデミア発の研究成果を企業開発や医師主導治験につなげていくには多くの調整が必要であり、必ずしも容易ではない。しかし、基礎研究で見出した成果を患者に還元することこそが研究を続ける大きな動機であり、本研究を通じて、国産の慢性心不全治療薬開発につながる道筋を切り開きたいと考えている。 本研究の一部は特許申請を行っている (PCT/JP2023/016268、 WO2023/210634)。論文投稿の問題と臨床試験が開始していないことから、一部の内容について本文では図を含めて詳細を割愛させていただいた。191
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