ControlDex+ChlorDex図6 筋タンパクの蛍光免疫染色Dex単独曝露において、筋管径(白矢印)の萎縮傾向がみられた。医療ビッグデータを用いたサルコペニア治療薬の開発ビッグデータ解析においては、抗ヒスタミン薬の一種であるクロルフェニラミンを使用していた症例で、有意に筋萎縮の報告頻度が低下することが示唆された。続くオミクスデータ解析では、クロルフェニラミンが筋タンパク分解にかかわる主要な因子であるAtroginに影響している可能性が示唆され、実際にリアルタイムPCR法によりクロルフェニラミン共処置群でAtrogin遺伝子は発現が有意に減少していることが示唆された。最後に、蛍光免疫染色で筋タンパクであるMyosinに関して評価を行ったところ、クロルフェニラミン共処置群で、筋細胞萎縮が抑制されることが観察された。 筋タンパクの主要な分解経路であるユビキチン-プロテアソーム経路は、mTORによって調節を受けていることが知られている。本研究のパスウェイ解析では、クロルフェニラミンがmTORの活性を調節することが示唆されており、クロルフェニラミンがmTORを介してAtroginの遺伝子発現に影響している可能性がある。現在、動物実験を進行しており、クロルフェニラミンの詳細な作用機序が明らかになることが期待される。 これまでも、サルコペニアの病態を解明し、治療薬を探索する研究が、細胞レベルおよび臓器レベルで盛んに行われていた。その結果、サルコペニアの病態形成には、筋タンパク質の合成・分解の不均衡が大きく関与していることが明らかにされ、タンパク質の合成・分解に関わる細胞内シグナルを作用標的とする治療薬候補が多数検討されてきた9,10)。代表的なものとして、Activin受容体を標的とした抗体製剤BimagrumabやMyostatinを標的とした抗体製剤Trevogrumab11,12)、Myostatin とActivinを標的とした抗体製剤のATA 842などがあるが13)、上市された薬剤はいまだない。 サルコペニアは複数の慢性疾患やその他の環境的要因を包含しており、高度に臨床的複雑性を有しているため、特定の生体内分子をターゲットとした創薬戦略では、有効性の高い治療薬の開発にいたっていない現状がある。それに対して本研究は、実臨床における患者情報を含む医療ビッグデータ解析およびオミクスデータ解析によってヒト病態における効果と生体内分子への作用を結びつけ、基礎実験により検証するという新規アプローチを実施した。多様な医療ビッグデータを活用することで基礎と臨床の橋渡しを実現するという研究戦略は、様々な疾患・病態に応用が可能であり、臨床薬理学の研究領域として発展することが期待される。 本研究で見出されたクロルフェニラミンは、ヒトに対して安全性が高いことがすでに知られている。しかしながら、高齢者に投与する場合には、生理機能の低下による副作用リスクがあるため、患者の状態を観察しながら慎重に使用する必要があると考えられる。今後は、高齢者への適応拡大を検討するために、前向き観察研究などでエビデンスを43
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