臨床薬理の進歩 No.46
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考  察追  記失調症患者の口腔環境の変化が唾液腺におけるアディポネクチン産生の分泌に影響を及ぼす可能性もあり、この点についてはさらなる研究が必要である。 今後の研究展開としては、まず外来患者を含めた、より多様な臨床状態の統合失調症患者を対象とした大規模コホート研究を計画している。特に本研究で明らかになった性差に注目し、女性患者の症例数を増やして唾液中アディポネクチン濃度上昇の機序を詳細に検討する必要がある。また、抗精神病薬の種類や投与量、治療期間と唾液中アディポネクチン濃度の関連を前向き研究で評価し、薬剤の影響を明らかにしていく。さらに、口腔内環境の評価を組み込み、歯周病などの口腔疾患と唾液中アディポネクチン濃度の関連も検討する予定である。 臨床応用に向けては、唾液中アディポネクチン濃度の縦断的変化と代謝異常の発症リスクとの関連を追跡調査することで、SGAによる代謝異常の早期予測マーカーとしての有用性を検証する。これにより、代謝異常リスクの高い患者を早期に特定し、予防的介入や薬剤調整を行うための客観的指標として活用できる可能性がある。また、唾液採取の簡便性を活かし、日常診療における定期的なモニタリングシステムの構築を目指す。将来的には、唾液中アディポネクチン濃度に基づく個別化された治療戦略の開発につなげ、統合失調症患者の身体的健康管理の向上と生活の質改善に貢献したいと考えている。 血液中と唾液中アディポネクチン濃度の相関関係については、健康成人群と統合失調症患者群では異なる傾向を観察していますが、現在英語論文の投稿準備中であり、本報告書にその詳細を記載できないことをお断りいたします。142 本研究では、統合失調症患者の唾液中の総アディポネクチンおよびHMWアディポネクチン濃度を測定した。特に女性の統合失調症患者(S群)では、健康成人群(H群)と比較して唾液中総アディポネクチン中央値(69.04 ng/mL vs 11.63 ng/mL)およびHMWアディポネクチン中央値が有意に高値であった。一方、男性では唾液中アディポネクチン中央値(S群:18.39 ng/mL vs H群:14.09 ng/mL)に明確な群間差はみられなかった。この性差は、女性ホルモンとアディポネクチン産生の関連や、男女間での抗精神病薬への反応性の違いを反映している可能性がある。 H群では唾液中アディポネクチンと血液中アディポネクチン濃度に有意な相関がみられるとの報告がある 14)。これらの研究では、唾液中アディポネクチン濃度は年齢、性別、BMI、体脂肪率とは関連がないことも示されている。アディポネクチンは唾液腺上皮細胞で産生され、Adiponectin Receptor 1(AdipoR-1)で発現していることが報告されている。 S群の血液中アディポネクチンはH群と差がなかったことから、女性統合失調症患者における唾液中アディポネクチン濃度の上昇は、唾液腺でのアディポネクチン産生および分泌の増加によるものと考えられる。 唾液中のアディポネクチンの生理学的役割はまだ明らかになっておらず、女性統合失調症患者における唾液中アディポネクチン濃度の上昇がどのような生理学的または病理学的状態を反映しているかを判断するには、さらなる研究が必要である。 本研究の統合失調症患者は入院患者であり、抗精神病薬で治療されていた。そのため、抗精神病薬などの薬剤が統合失調症患者の血液中アディポネクチンおよび唾液中アディポネクチン濃度に影響を及ぼす可能性がある。統合失調症患者は虫歯、歯肉炎、歯周炎などの口腔疾患の発生率が高いことも報告されている。また、統合

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