臨床薬理の進歩 No.45
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変形性膝関節症において滑膜病変に伴い関節液中にウロキナーゼが増加する機序の解明による水分の流出入に伴って軟骨組織内の様々な因子が組織外に遊離する可能性が考えられた。このため本研究では軟骨組織に平地歩行の際に加わるのに近い荷重を加えて組織から遊離する因子の作用に着目した。 本研究ではまず軟骨組織への荷重によってどの程度タンパクが遊離するのかを検討したが、その結果、OA 軟骨の軟骨変性部からは通常の平地歩行の際に加わる荷重に近い荷重を繰り返して加えることによって軟骨組織 1 g あたり平均およそ 50 μgと比較的多量のタンパクが遊離することが明らかになった。 OA 軟骨から遊離するタンパクを解析した報告は過去にも散見される。しかし従来の報告では採取された軟骨組織を器官培養によって維持して培養液中に遊離したタンパクを解析したものが多く、本研究のように荷重によって遊離したタンパクを解析した報告は見当たらない。本研究が実際の関節内に近い極めて生理的な条件で行われたことから、著者は本研究で得られた知見は OA の実際の病態を考えるうえで直接利用できるのではないかと考えている。荷重により遊離したタンパクによるuPAの発現亢進 本研究では OA 軟骨から遊離した何らかの因子が滑膜において uPA の発現を誘導した可能性を考え、一次培養ヒト滑膜細胞に OA 軟骨から遊離した因子を添加する実験を予備実験として行った。この結果、予想通りに遊離タンパクの添加によって滑膜細胞において uPA の遺伝子発現が亢進するという結果が得られたことから、ついで軟骨組織から遊離するどの因子が uPA の発現を亢進させるのかを明らかにするための実験を行った。 この実験に先だってまず文献検索を行ったところ、軟骨組織から遊離して uPA の発現亢進に関与する可能性のある因子として TGF-βが浮かび上がった。著者が TGF-βに着目するに至ったのは以下の 2 つの知見に基づく。その 1 つは TGF-βがヒト滑膜細胞に対して uPA の発現を亢進させるとする報告があったことであり 6)、もう 1 つは軟骨組織内に多量の TGF-βが存在するとする報告があったことである 7)。TGF-βはプロテオグリカンなどの細胞外基質に結合する性質があり、様々な組織中に生理活性のない潜在型として存在することが知られている。軟骨はプロテオグリカンに富む組織であることから、それに結合する形でやはり多量の TGF-βが存在する 7)。OA では軟骨基質の変性消失がとくに軟骨変性部において生じているのだから、それに伴って軟骨基質中に存在する TGF-βが遊離する可能性が考えられ、実際、それを示唆する報告もある 8)。これらの知見に基づいて OA 軟骨からの遊離因子に TGF-βの受容体に対する特異的阻害剤(SB431542)を添加したところ、uPA の発現亢進は完全に阻害された(図 5)。この結果から、軟骨組織から荷重によって活性型の TGF-βが遊離し、これが滑膜細胞に対して uPA の発現を誘導したものと考えられた。OA 軟骨から荷重により遊離する活性型および潜在型の TGF-βの定量 以上の結果から OA 軟骨からは荷重によって活性型の TGF- βが生理活性を十分示すレベルで遊離すると考えられたため、著者は TGF-βの生理活性に応じて SEAP を産生するよう遺伝子改変された HEK 細胞(HEK-Blue TGF-β Cells)を用いてどの程度の量の活性型 TGF-βが軟骨組織から遊離するのかを調べた。この実験の結果、OA 関節から採取された軟骨組織に生理的なレベルの荷重を加えることで、軟骨の肉眼的な変性部、非変性部からはそれぞれ湿重量 1 g あたり平均およそ 3.7 ng、1.8 ng の活性型 TGF-βが遊離することが明らかになった(図 6)。 ヒトにおいて TGF-βには主に TGF-β1、β2、β3 の 3 つのアイソフォームがある。HEK-Blue TGF-β Cells を用いた解析では計測された生理活性がこのうちどのアイソフォームによるものかは区別できなかった。またそもそも OA 軟骨からどの程度の量の総 TGF-β(活性型と潜在型の総和)が遊離89

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