臨床薬理の進歩 No.43
90/233

*1 TAKAMATSU YUKI *2 NODA TAKESHI 高松 由基*1  野田 岳志*2はじめに要   旨 リン酸化はタンパク質の構造や機能を制御する重要な翻訳後のプロセスであり、細胞はリン酸化・脱リン酸化を介してタンパク質間の相互作用、シグナル伝達、代謝の調節を最適化している。ウイルスもRNA合成やタンパク質間の相互作用を調整し、増殖を最適化するためにウイルスタンパク質や宿主タンパク質のリン酸化を利用している。 フィロウイルスの一種であるエボラウイルス(EBOV)は90%に及ぶ高い致死率の重症出血熱を引き起こす。2014年に西アフリカで起きたEBOV感染症の大流行では1万人以上の死者が出た。流行はアフリカにとどまらず、アメリカ・ヨーロッパでも感染者が出た(CDC, accessed on 18, Oct. 京都大学ウイルス・再生医科学研究所、国立感染症研究所(現:長崎大学熱帯医学研究所)京都大学ウイルス・再生医科学研究所2021. https://www.cdc.gov/vhf/ebola/history/2014-2016-outbreak/index.html)。続いて2018年からコンゴ民主共和国でEBOVの流行が起こり、2200人以上の死者が出た(WHO, accessed on 18. Oct. 2021. https://www.who.int/emergencies/situations/Ebola-2019-drc-)。EBOVに対する特異的な治療法は確立されていないため、その感染症対策は国際的に取り組むべき重要な課題と言える。 EBOVの細胞内でのライフサイクルは下記の様に進むと考えられている(図1)。EBOVの侵入はマクロピノサイトーシスによって行われ、細胞質でヌクレオカプシド(NC)が放出される。一次転写はNCに付随するポリメラーゼ複合体によって実行される1)。ウイルスのmRNAが翻訳されウイルスタンパク質が合成された後、ゲノムRNAの複製がKey words:エボラウイルス、ヌクレオカプシド、転写・複製、SRPK1、可逆的リン酸化 エボラウイルス(EBOV)感染症の致死率は90%に及ぶが、その特異的な治療法は確立されていない。ウイルス タンパク質VP30は、可逆的リン酸化を介してウイルスゲノムの転写・複製を制御する。しかしVP30をリン酸化するキナーゼは同定されていなかった。そこで本研究では、VP30をリン酸化するキナーゼを同定し、リン酸化を制御することでウイルスの増殖を抑えることを目指した。まずはプロテオミクスアプローチで、VP30と特異的に相互作用する宿主細胞キナーゼSRPK1を同定した。続いてSRPK1が転写・複製に与える影響を各種レポーターアッセイで評価した。その結果SRPK1の機能を阻害することで、ウイルスゲノムの一次転写を制御できることが わかった。さらに本研究では各種顕微鏡解析を通して、ウイルスのライフサイクル全体におけるVP30の可逆的リン酸化の役割を解明することに成功した。本研究を通して、VP30の可逆的リン酸化を標的とする新しい 抗EBOV薬開発の基盤を構築することができた。76via VP30 protein specific kinase SRPK1プロテインキナーゼSRPK1を介したエボラウイルス転写・複製制御機構の解明Regulation of Ebola virus transcription and replication

元のページ  ../index.html#90

このブックを見る