臨床薬理の進歩 No.43
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謝  辞のうち、特にBAT40において高い陽性率(58.3%)を示した。BAT40はチミン塩基が40回繰り返されるマイクロサテライトで、軽度なミスマッチ修復機構の異常でもゲノム複製の際にその長さに異常が現れやすく、不安定性を検出しやすいため、MSI-Lの検出に特に有用であると考えらえれている8,9)。実際、MSI-PCR検査として汎用されているNCIパネル(BAT25、BAT26、D2S123、D5S346およびD17S250)においても、MSI-Lを徐外するために、このBAT40を追加パネルとして使用することが推奨されている10)。さらに、Paginらも、BAT25、BAT26、NR21、NR22、NR24にこのBAT40を加えることがMSI-Lの検出に有用であったことを報告している7)。従って、BAT40を使用することが、MSIステータスを正確に診断するために必要である。 腫瘍における免疫微小環境の理解は、今後の抗腫瘍剤開発において重要である。腫瘍局所の免疫状況はCD8+リンパ球の浸潤状況により、次の3つに大別される。①“Immune-inflamed”:腫瘍内部へのCD8+リンパ球浸潤が著明な状況、 ②“Immune-excluded”:腫瘍の辺縁(先進部など)を主体にCD8+リンパ球が認められるもの、 ③“Immune-deserted”:腫瘍の内部にも辺縁にもCD8+リンパ球浸潤をほとんど認めないもの、の3つに分類される17,18)。本研究では、腫瘍内部と腫瘍辺縁部におけるCD8+リンパ球浸潤状態を、画像ソフトを用いて正確に評価し、その結果、MSI-L腫瘍はMSSと比較して有意に高いCD8+リンパ球浸潤を来しており、①“Immune-inflamed”に分類されると考えた。従って、MSI-L腫瘍は潜在的に免疫原性腫瘍であり、何らかの免疫治療が有効な可能性が高い。しかしながら、MSI-L腫瘍ではPD-1/PD-L1系を介した免疫回避機構の関与が否定的であることが確認され、近年治療薬として使用されるようになったニボルマブやペムブロリズマブは無効である可能性が高い。今後は、PD-1/PD-L1系以外の免疫回避機構の関与を明らかにし、MSI-L腫瘍に対する有効な免疫治療法の開発が望まれる。 また、MSI-L腫瘍ではTP53遺伝子のtruncating変異が高率に検出された。上部消化管腺癌のTCGAデータにおいても同様に、TP53遺伝子変異腫瘍ではindel変異数が有意に上昇していることから、TP53遺伝子変異が腫瘍細胞のゲノムにおけるindel変異を広範に引き起こしている可能性が考えられる。TP53遺伝子と同じくDNA障害時に発動する遺伝子として代表的なBRCA1/2に関しては、BRCA変異を来した乳がんにおいてsingle nucleotide variant(SNV)が上昇し、その結果としてネオ抗原の産生が確認されると考えられている19)。また、TCGAの多癌種統合解析結果から、TP53遺伝子変異のある腫瘍では、一様にSNVが高くなることが報告されている20)。特にTP53遺伝子のtruncating変異は、TP53タンパクそのものが生成されず、その機能に大きな変化を与える変異である。このことから、MSI-Lの上部消化管腺癌において、TP53 truncating変異を契機に、がんゲノム全体にindel変異を広範囲に来し、その結果、ネオ抗原が産生され、CD8+リンパ球が腫瘍内に浸潤している、という状況が想定される。その程度はMSI-H腫瘍に比べてマイルドにとどまるが、前述したCD8+リンパ球の腫瘍内浸潤の所見から、MSI-L腫瘍では、MSSと比べて有意に腫瘍免疫が発動している。今後、治療法や治療剤の開発を進める上で、MSI-L腫瘍をMSSと同一に扱うことには注意する必要がある。 本研究は、MSI-L腫瘍の症例数が限られてはいるものの、363症例の化学療法の修飾が加わっていない食道胃接合部腺癌を対象として連続切片を作製し、詳細に検討した報告である。今後は次世代シーケンサーなどを用いて網羅的遺伝子解析を行い、更にMSI-L腫瘍の特徴を明らかにするべきと考える。 本研究を遂行するにあたり、研究助成をいただきました公益財団法人臨床薬理研究振興財団に深く感謝いたします。54

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