臨床薬理の進歩 No.43
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方  法 しかし、これまでに発表された細胞を用いた研究は、平面培養システム(平面的な細胞培養用プラスチック基材上で培養された単層の細胞)で行われてきた。平面培養では、生体内で細胞が置かれている微小環境の重要な特徴を再現できないことが知られている。PAH においては、平面培養系ではその病理組織学的特徴である動脈の中膜肥厚を再現できない。PAH 治療の最終目標を血管リモデリングを改善させることであるとすると、PAH における肺動脈中膜肥厚の三次元(3D)モデルが、新規薬剤候補の開発に有用であると考えられる。しかし、PAH 患者由来 PASMC で構成された 3Dモデルはこれまでに報告されていない。 そこで我々は、PAH 患者由来 PASMC を用いて、PAH の肺動脈中膜の 3D 培養モデルを構築した 9)。さらに、PDGF や PAH 治療薬の候補である PDGF受容体阻害剤イマチニブや、臨床で実際に使用されている PAH 治療薬を用いて、このモデルに対する効果を検討し、本モデルが今後の PAH 治療薬の病態解明や新規治療薬開発に応用可能となる可能性を示した。細胞単離と培養 国立病院機構岡山医療センターで剖検や手術時に得られた PAH 患者肺組織から、既報のとおりPASMC を単離した 5)。10% FBS DMEM を用いてコラーゲン I コートディッシュ上で、5% CO2、37 ℃の条件下で培養した。倫理的配慮 すべての実験は、国立病院機構岡山医療センター臨床研究審査委員会の承認を得て実施した。また、患者または近親者のいずれかから書面によるインフォームドコンセントを得た後に行った。肺動脈中膜 3D 培養モデルの作製 3D 培養モデルは、既報の 3D 細胞培養法 10)を用いて作製した(図 1)。トリプシン処理した PASMC160形成などである 2,4)。さらに、モノクロタリンによる肺高血圧症を予防あるいは回復させるとする薬剤はこれまでに 30 種以上報告されているが、このモデルにおける肺高血圧は、ヒト PAH とは異なり、比較的容易に改善することが知られている 2)。この他にも動物モデルが複数開発されており、慢性低酸素モデルに SU5416 を加えて内皮傷害を増強するなど、複数の傷害を負荷するモデルでは、ヒト重症 PAH の病理組織像によく類似した組織所見を呈することが明らかになっている 3,4)。 これら PAH の動物モデルに加えて、患者由来PASMC を用いた検討は、PAH の発症メカニズムをより深く理解し、新規薬剤候補の効果を判定するための特有のプラットフォームを提供しうる。PAH 患者由来 PASMC の疾患特異的な表現型については、特に血小板由来成長因子(platelet-derived growth factor: PDGF)シグナルに関して多くの報告がある 5,6)。PDGF シグナルは、4 種類の PDGF アイソフォーム(PDGF-A、PDGF-B、PDGF-C、PDGF-D)が二量体化することで、5 種類の PDGF リガンド(PDGF-AA、PDGF-AB、PDGF-BB、PDGF-CC、PDGF-DD)が生じる。これに加えて、2 つの受容体アイソフォーム(PDGFR-αと PDGFR-β)が二量体化して生じる 3 種類の PDGF 受容体(PDGFR-αα、PDGFR-αβ、PDGFR-ββ)を介してシグナルを伝達する 7)。PAH では、PDGF-A、PDGF-B、および両方の PDGF 受容体アイソフォーム(PDGFR-αと PDGFR-β)の発現が上昇していることが報告されている 6,8)。そして、PAH 患者由来 PASMC は、PDGF-BB に対する増殖反応が亢進しており、イマチニブによりその増殖が抑制される 5,6)。イマチニブは、慢性骨髄性白血病および消化管間質腫瘍に対して承認されている低分子量チロシンキナーゼ阻害剤であり、PDGF 受容体の 2 つのアイソフォーム両方に対する阻害活性を有する。PAH におけるPDGF シグナル構成要素の発現亢進、PDGF シグナルに対する増殖反応の増強、動物モデルにおけるイマチニブの肺高血圧改善効果などから、イマチニブは PAH 治療薬の候補と考えられてきた 5,6,8)。

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