臨床薬理の進歩 No.42
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結  論謝  辞発現量の増加により神経細胞内の活性酸素を減少させることで末梢神経障害を抑制する可能性がある。 FAERS解析では、有意差は認められないものの、シンバスタチン以外のスタチン系薬剤もOIPNを抑制する傾向が認められた。また、カルテデータを用いた後方視的カルテ調査では、シンバスタチンを含むすべてのスタチン系薬剤併用患者で末梢神経障害の発現が少ない可能性が示唆されている。したがって、末梢神経障害抑制作用はすべてのスタチン系薬剤に共通するクラスエフェクトである可能性がある。2014年、米国臨床腫瘍学会は化学療法剤による神経毒性の管理に関するガイドラインを発表したが、予防薬の推奨はしていない13)。本研究で神経毒性の抑制が確認されたスタチンは既に広く使用されており、その安全性は確立されている。 本研究には、いくつかの研究限界が存在する。第一に、我々が用いたLINCSに収載されている遺伝子発現データは、株化細胞におけるデータを基にしており、ヒトにおける作用機序を完全に推定することは困難である。しかしながら、ラットを用いたin vivo実験からもDRGにおけるGstm1 mRNA発現量が増加することが確かめられており、本研究手法のようにデータベース解析と動物モデルの検討を組み合わせることで分子メカニズムの解明に寄与することが可能である。第二に、FAERSデータベースは、あくまで自発報告を集積したデータベースであり、過小報告や過大報告といったバイアスが存在する可能性がある。加えて、FAERSデータベースからは、患者の基礎疾患や前治療といった情報は得られないため、末梢神経障害の発現に影響を及ぼす疾患や治療の影響は評価ができない。そのため、我々はより詳細な患者情報が得られる電子カルテデータを用いた後方視的カルテ調査を行った。その結果からも、スタチン系薬剤がOIPNの発現を抑制している可能性が示唆された。第三に、後方視的カルテ調査は大学病院単施設のみであり、本研究で実施した後方視的カルテ調査の結果が、すべての患者を反映しているわけではない。そのため現在、徳島大学、九州大学、岡山大学、愛媛大学他24施設での多施設共同臨床試験を実施し、スタチン系薬剤の有効性についてより詳細な検討を進めている。 本研究では、大規模医療情報データベースや遺伝子発現データベースを用いたビッグデータ解析、基礎研究、臨床研究を融合した新しい手法を用いて、スタチン系薬剤がOIPNの予防薬として臨床応用可能であることを見出した。現在実施中の多施設共同臨床研究によりその有効性が認められ、スタチン系薬剤の適応拡大が承認されることが期待される。今後、末梢神経障害以外の薬剤性有害反応に対して同様の研究手法を適応することで、増加が予想されるがんサバイバーのQOL向上に貢献する可能性がある。 本研究の遂行にあたり、研究助成を賜りました公益財団法人臨床薬理研究振興財団に心より感謝申し上げます。83

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