臨床薬理の進歩 No.42
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対象と方法されているため、ドラッグリポジショニングは通常の創薬研究に比べて開発途上で研究が頓挫する確率が低いうえ、開発に要する時間や費用を抑えることができる。また、近年では、医療電子記録などの大規模医療情報を活用した創薬研究が盛んに試みられている1〜3)。大規模医療情報には臨床現場より得られた医薬品のデータや、既存承認薬に関する実験データが豊富に含まれており、創薬研究の中でも特にドラッグリポジショニングとの相性が良い。 実際、大規模医療情報を活用したドラッグリポジショニング研究が多数報告されている。ZhaoらはFDA有害事象自発報告データベース(FDA Adverse Event Reporting System; FAERS)を解析することで、ロシグリタゾン誘発心筋梗塞に対する予防薬候補を見出した4)。我々も、FAERSを活用して大動脈解離や腎尿細管間質障害といった難治性疾患に対するドラッグリポジショニング研究を報告してきた5,6)。最近では、既存承認薬である消化性潰瘍薬テプレノンが熱ショックタンパク質を増加させることで、うつ症状を改善することをin vivoモデルにて明らかにし、約230万症例の有害反応データベースを活用した解析から、テプレノン投与患者においてうつ発症率が減少している可能性を示した7)。このように臨床における多様な因子を内包する医療ビッグデータを用いた解析では、疾患の複雑な病態に対しても臨床応用の可能性の高い医薬品を見出すことが可能になる。 大規模医療情報に加えて、近年、遺伝子発現データなどの生命科学ビッグデータが蓄積されており、ヒトにおける複雑な病態の体系的な評価に用いられている。例えば、アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health; NIH)が開発する遺伝子発現データベースLibrary of Integrated Network-based Cellular Signatures(LINCS)は、化合物曝露など様々な要因による約2万種類の遺伝子発現変動をヒト由来細胞株でシミュレーションしたデータベースであり、関心のある遺伝子の発現パターンと類似した変動や、反対の変動を引き起こしうる化合物を検索できる8)。我々は、上記のような臨床情報のビッグデータと遺伝子発現に関するビッグデータを組み合わせることで、ヒトにおける有効性を予測するだけでなく、作用機序までも類推することが可能になると考えた。 そこで、本研究手法を用いて、オキサリプラチン誘発末梢神経障害(OIPN)の予防薬の探索を行うことにした。オキサリプラチンは大腸がんや胃がんなど各種がん治療のキードラッグとして用いられるが、80〜90%の患者において投与直後から2日以内に寒冷刺激によって誘発・増悪する急性末梢神経障害を生じさせる。OIPNでみられるしびれや痛覚過敏は、難治性であることから患者のQOLを著しく低下させ、治療の中断を余儀なくされることが臨床上問題となっている。現在OIPN治療には非ステロイド性消炎鎮痛剤、神経障害性疼痛治療薬であるプレガバリン、鎮痛補助薬などが用いられているが、十分な効果は得られていない。医薬品有害反応に対する予防薬は、製薬企業による開発のターゲットとなりにくい分野であり、現在までに有効な医薬品は開発されていない。さらに、OIPNに対する予防薬として様々な薬剤がin vitroおよびin vivoのレベルで研究されてきたが、いずれも実際の患者に対して明確な有効性を示してはいない。 本研究では、大規模医療情報データベースや遺伝子発現データベースを用いたビッグデータ解析、基礎研究、臨床研究を融合した新しい手法を用いて、OIPNに対する予防薬となりうる既存承認薬を探索し、その有効性を検証することを目的とした。1 大規模医療情報解析による候補医薬品の抽出1.1 FAERS解析 2007年第1四半期から2017年第1四半期までにFAERSに報告された7,738,415件の有害事象自発報告データをFDAのウェブサイトよりダウンロードした[https://www.fda.gov(accessed 2020-1-19)]。73

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