臨床薬理の進歩 No.42
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対象と方法続ける必要があるが、腫瘍の性質は継代毎に変化する。不要な継代を避けるべく、腫瘍を一旦凍結保存して、必要時に解凍して腫瘍モデルを提供することが望まれる。現在、患者腫瘍の凍結保存と解凍技術を開発し、必要に応じてPDXモデルの提供を行う、バイオバンクの構築が必要とされている8)。我々は先行研究で摘出直後の患者由来膵癌を一時的に凍結保存の過程を経て、免疫不全マウス肝臓に生着させることに成功した6)。本研究の予備実験で、免疫不全ラットでも一時凍結保存した原発膵癌で肝臓生着に成功し、バイオバンク構築に向けて重要な技術的課題を1つ克服した。 2013年日本人の悪性新生物死亡の第5位は肝癌である。肝癌の90%以上は原発性肝細胞癌(HCC)で、中でも非B非C型HCCが増加し、HCCの25%を占め、直近10年で倍増している。その原因は、非アルコール性脂肪肝炎(non-alcholic steatohepatitis:NASH)である9)。NASHの有病率は成人の3-5%であり、その有病率は肥満の頻度を反映している。NASH-HCCの対策は重要な課題である10)。 HCC標準治療の第一に手術や局所穿刺治療があり、次にIVR(インターベンショナルラジオロジー:画像下治療)の肝動脈化学塞栓術(TACE)や化学療法のソラフェニブが予後延長に寄与する10)。これらの治療は優れた肝機能が前提であり、肝硬変が背景にあるHCCにとって永続的な治療法ではない。現在、肝機能低下患者に対して、肝動脈動注療法(TAI)は腫瘍抑制効果があるものの、十分な生存期間延長を示した報告はない10)。その理由の1つに、感受性のある抗癌剤の選択ができず、奏効率が低いことが考えられる。感受性のある抗癌剤があらかじめ把握できれば、動注療法によりHCCの制御が可能となる。さらに感受性のある抗癌剤は、全身転移発現時においても全身化学療法の抗癌剤選択に寄与する。 今回我々は、患者のHCC再発に先立って患者腫瘍を同所性に移植するHCC-PDXモデルが有用と考えた。HCC-PDX動物モデルを、患者の肝癌再発より早く作製できれば、患者に代わり、様々な治療方法で、治療効果判定を実施できる。マウスより体格の大きいラットは、IVR治療で使われるカテーテルでの血管内治療が可能である。2018年に供給可能となった重症免疫不全ラット11)を用いれば、肝PDXラットモデルが確立でき、IVR治療開発推進の有用なモデルとなる。このラットモデルを用いて、IVR治療の治療効果判定試験を実施する。 本研究の目的は、凍結保存した患者由来原発HCCを用いて、動脈内投与可能なラット上でPDXモデルを確立し、HCCにおけるTACE・TAIの有効性を比較検討することである。具体的には、段階的に2つの研究を行う。実験1は手術で摘出された患者由来の原発HCC組織を、一時凍結保存の過程を経て、免疫不全ラットの肝臓に移植して、同所性肝PDXモデルを作成する。実験2は、肝PDXモデルで、患者個人に代わって、IVR治療や分子標的薬投与を実施し、効果的な治療を探求する。倫理 本研究は、ヒト癌組織検体を使用するため、その組織使用にあたって、患者個人の書面による同意を得た。また、本研究の実験計画実施について、当施設の倫理委員会に申請を行い、承認を得た。本研究では、実験動物に対する倫理基準を遵守して、愛護的に実験動物の取り扱いを遂行した。動物 動物は重症免疫不全ラットF344-Il2rgem1Ilexasを使用する。腫瘍移植に際しては6-9週齢のラットを性別に関係なく使用した。患者組織 手術で得た患者原発HCC組織10症例を使用した。患者腫瘍を一時的に1週間ほど液体窒素で凍結保存し5)、移植直前に解凍し1 mm角に切り出しをした。30

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