臨床薬理の進歩 No.42
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方  法しなかった2000年以前では、発症後の平均生存期間は未治療症例で2.8年、5年生存率は50%程度であった1)。近年、選択的PAH治療薬として、プロスタサイクリン(PGI2)製剤、エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5型(PDE5)阻害薬、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬、PGI2受容体(IP受容体)刺激薬が導入された。その結果、予後は改善し、5年生存率は60〜70%に達している。しかし、単剤では十分な治療効果が得られない症例や既存薬に抵抗性を示す症例も多い。そのため、作用機構の異なる2剤さらには3剤を用いた併用療法が広く行われている。ただし、根治治療には至っていないため、新たな作用メカニズムを有するPAH治療薬の開発が期待されている。 肺血管の中膜を構成する肺動脈平滑筋細胞(PASMCs)において、筋収縮・弛緩、細胞増殖・分化・死などの細胞機能を制御する最も重要なシグナルは、細胞内Ca2+濃度([Ca2+]cyt)の変化である2)。主なCa2+流入経路は、電位依存性Ca2+チャネル、受容体作動性Ca2+チャネル、ストア作動性Ca2+チャネルである。生理的範囲内での[Ca2+]cyt上昇は、PASMCsの収縮や増殖に働く。しかし、Ca2+チャネルの発現機能亢進による過度の[Ca2+]cyt増加は、PASMCsの過収縮や過剰な増殖を惹起する。その結果、PAHの原因となる肺血管の攣縮やリモデリングを起こす。また、電位依存性K+チャネルは、[Ca2+]cytを制御する膜電位を規定するため、PASMCsの収縮や増殖に関与する。これらの陽イオンチャネルを標的とした研究に対して、陰イオンチャネルに注目した研究は少ない。 本研究では、PAH患者由来PASMCsに発現するCl-チャネル、特に電位依存性Cl-チャネルを構成するCLCN分子(図1)3)に着目し、PAHでの病態生理機能の解明を目指した。細胞培養法 正常ヒトPASMCsの細胞株はLonzaから購入した。特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)患者由来PASMCsから樹立した細胞株も用いた4)。PASMCsは、10% fetal bovine serum(GIBCO/Invitrogen)、50 μg/mL D-valine(Sigma-Aldrich)、20 μg/mL endothelial cell growth supplement(BD Biosciences)、100 U/mL penicillin G(Wako Pure Chemical Industries)、100 μg/mL streptomycin(Meiji Seika Pharma)を添加したMedium 199培地(Sigma-Aldrich)を用いて、37 ºCで培養した。細胞増殖アッセイ法 PASMCs(5×103 cells/well)を96穴プレートに播種し、37 ºCで6 hr培養した。その後、薬物を添加し、48 hrまで培養した。細胞増殖率の測定には、MTT(3-(4,5-dimethyl-2-thiazolyl)-2,5-diphenyl-2H-tetrazolium bromide)法を基礎としたCell Counting Kit-8(Dojindo Laboratories)を用いた。吸光度(450 nm)は、Multiskan JX(Thermo Fisher Scientific)を用いて測定した。定量的リアルタイムPCR法 PASMCsから総RNAを抽出し、逆転写酵素反応を経て、cDNAを合成した。定量的リアルタイムPCR解析は、LightCycler 96リアルタイムPCR図1 CLCN遺伝子ファミリーの樹形図CLCN遺伝子ファミリーには、CLCN1〜CLCN7、CLCNKA、CLCNKBの9種類の分子が含まれる。CLCN1、CLCN2、CLCNKA、CLCNKB分子は、細胞膜上で電位依存性Cl-チャネルを構成する。一方、その他のCLCN分子は、小胞膜上のCl-/H+アンチポーターとして働くと考えられている。161

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