臨床薬理の進歩 No.42
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FD-4作用時の細胞表面のFD-4濃度から、細胞表面に保持された付着水分量を推定した。結果・考察 作製した各種安定発現細胞において、導入したmucinのタンパク質発現が確認され、さらに細胞表面でのMUC1およびMUC13タンパク質の局在が認められた(図2a)。次に、MUC1およびMUC13の発現が認められた細胞を用いて、抗癌剤作用の細胞毒性効果を評価した(図2bにPTXの結果のみ記載)。抗癌剤添加72時間後のmock細胞における細胞生存率は用量依存的に減少し、5-FU(1 µM)で約17%、DOX(10 µM)で約6%、PTX(1 µM)で約35%であった。一方、MUC1ΔCT-GFP安定発現細胞における各抗癌剤存在下での細胞生存率は、それぞれ約46%、約54%、約80%に維持され、顕著な細胞毒性抑制効果が認められた。この効果は、MUC1-GFP安定発現細胞でも同様の傾向が観察された(図2b)。これらの結果から、MUC1が抗癌剤の薬剤耐性に関与することが示され、さらにその耐性機構としてMUC1のCT領域の関与は小さく、高度に糖鎖修飾された細胞外ドメインが主に関与している可能性が示された。また同様の評価をMUC13-GFP安定発現細胞で行ったところ、各種抗癌剤による用量依存的な細胞生存率の低下が認められ、その挙動はmock細胞と同様であり、MUC13は薬剤耐性に関与しないことが示された(図2b)。MUC1の細胞外ドメインは、MUC13の場合と比較して約3倍のサイズと糖鎖修飾部位を有していることから、mucinによる薬剤耐性機構においては、細胞外ドメインの大きさが重要な要素であることが推察された。 抗癌剤作用後の用量反応曲線からLD50値を算出し(図2c)、その変化率から薬物物性の関与を考察した。Mock細胞に対するMUC1ΔCT-GFP安定発現細胞のLD50値の上昇率はPTX>DOX>5-FU>CDDPとなり、薬物の脂溶性(Log P値)を考慮すると、その耐性効果は高脂溶性化合物であるPTXで顕著であった。既に報告しているラット腸管における薬物吸収に対する粘液層の影響14)や先の検討結果からも、薬物の脂溶性がmucinの影響を受ける重要な物性値であることが示唆された。 以上の結果を受け、薬物の細胞膜透過性とmucinとの関連性を探るため、本細胞を用いてPTXの細胞内取り込み量を定量評価した。MUC1-GFPおよびMUC1ΔCT-GFP安定発現細胞におけるPTXの細胞内取り込み量は、mock細胞に比較して顕著に減少したが、MUC13-GFP安定発現細胞においては変化が認められなかった(図2d)。これらの傾向は、脂溶性色素であるrose bengalを使用した取り込み試験でも同様に認められた(図2d)。また、細胞外表面においてMUC1を介して薬物が吸着する可能性があるが、高脂溶性の核染色剤(hoechst 33342)を用いたFACS解析により、MUC1がhoechst 33342の細胞内取り込みを抑制したことを確認し、一連の結果を裏付ける結果を得た(Data not shown)。さらに、PTXの細胞膜透過機構にはP-gpが重要な役割を担うが、本検討で用いた細胞においては、P-gp(MDR1)発現量が極めて低いことを確認している(図2e)。以上の結果より、MUC1は脂溶性薬物の細胞膜透過性を制御することが明らかとなった。 最後に、mucinによる薬物の細胞膜透過を制御する分子機構の一つとして、細胞表面状態の変化に着目した。本研究では、非透過性・水溶性高分子薬物であるFD-4を用いて、細胞表面に保持された付着水分量を推定し、細胞表面の水層の厚みを考察した。MUC1-GFPおよびMUC1ΔCT-GFP安定発現細胞における水層の厚さは、mock細胞に比較して約2倍増加したのに対し、MUC13-GFP安定発現細胞では変化が認められなかった(図2f)。前述したように、MUC1は高度に糖鎖修飾された細胞外ドメインを有し、この糖鎖を介して大量の水分が保持される。したがって、高密度のMUC1発現が細胞外の保持水分量を増やした可能性が示唆された。この現象は、リポソーム表面上の水層の厚みが、修飾されたポリエチレングリコールの分子量に依存するという知見15)と類似しており、MUC1とMUC13156

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