臨床薬理の進歩 No.42
104/228

謝  辞が得られたが、遅発期のコントロールは不十分であった13)。オランザピンを追加した本研究では、遅発期の完全奏効割合も93.9%と良好であった。24時間毎の検討では、抗癌剤投与3日間に嘔吐または追加の制吐薬を必要とした患者はなく、4日目と5日目に2例(6.1%)の患者が嘔吐したのみであった。オランザピンを追加することにより、化学療法全期間を通じた良好なCINVコントロールが期待できる。 化学療法誘発性の悪心は、患者の主観的な経験であり、嘔吐とは異なる発現機序も存在する1)。悪心は癌患者のQOLに悪影響を及ぼす可能性があり2,3)、患者も悪心のコントロールを重視している1)。残念ながら、嘔吐の減少が悪心のコントロールに反映されておらず17)、悪心の管理は臨床現場で重要な問題となっている3)。本試験では悪心を自覚した患者はほとんどなく、オランザピンを含む4剤制吐療法は悪心コントロールに対しても有用であることが示唆された。但し、肺癌患者が研究対象であったため、男性と高齢者が多く、若年、女性、乗り物酔いや妊娠中の悪阻の経験ありなどCINVを発現しやすい高リスク群についての評価は不十分であった。悪心に対する最適な治療法を見出すために、悪心を正確に評価する方法の確立とともに、今後さらなる検証が必要である。 オランザピンによる有害事象の中で、傾眠に注意が必要である。本研究では傾眠の発現率は48.5%であったが、その全てが「普段より傾眠/眠気があるが軽度」のGrade 1であり、臨床上の問題となることはなかった。今回、オランザピンの投与時間を夕食後としたが、オランザピンの最高血中濃度到達時間が4.8時間であることから、多くの症例で就寝後にオランザピンの血中濃度がピークを迎え、日中の傾眠の発生率を低下させたと考えられる。また、オランザピンは添付文書上、糖尿病患者への投与は禁忌とされているが、これは精神病薬として長期間の内服を想定された状況に基づいている。制吐剤としてのオランザピンの使用は、本試験の4日間投与のように短期間に限られており、禁忌事項の再検討も必要と思われる。なお、制吐剤としてオランザピンを投与された患者では、耐糖能の変化による重篤な有害事象は報告されていない20)。 既存薬の新規効能を発見し有効利用するドラッグリポジショニングは、新しい形の創薬としての可能性を秘めている。オランザピンは抗精神病薬として開発、使用されているが、既存薬とは異なるメカニズムによる制吐効果を発揮し、しかも同効薬であるメトクロプラミドやプロクロルペラジンに比べ錐体外路症状などの副作用が少ない利点がある。ドラッグリポジショニングとして、オランザピンを制吐剤として利用するため、引き続きの検証が行われることが期待される。 アプレピタント、5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾンによる3剤制吐療法にオランザピンを追加することは、カルボプラチンを含む化学療法を受ける患者において、高い制吐効果と良好な忍容性を示し、有望な制吐療法である。嘔吐の減少に加え、現状では対応の難しい悪心の制御が可能になると期待され、癌化学療法の進歩やQOL改善に大きく寄与しうると思われる。一方、本研究は単アームでの検討であり、この4剤制吐療法の有用性を最終的に判断するためには、カルボプラチン投与時の標準治療となっている3剤制吐療法との比較試験が必要である。現在、第Ⅲ相比較試験が実施中であり、結果が期待される。 本研究を遂行するにあたり、研究の助成を賜りました公益財団法人臨床薬理研究振興財団に心より感謝申し上げます。90

元のページ  ../index.html#104

このブックを見る