臨床薬理の進歩 No.41
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前立腺がん幹細胞を標的とする治療戦略については、実行あるいは実現可能性がなく、閉ざされた状態であった。幹細胞とは一般に自己複製能と多分化能を併せ持つ細胞と定義される。幹細胞医学の進歩により明らかにされた組織幹細胞特異的なマーカーの発見は、正常組織中に組織幹細胞が存在し、それらを頂点とする階層的な細胞社会が形成されているのと同様に、がん組織も多様な細胞から形成される不均一な細胞集団であり、一部の幹細胞様のがん細胞が存在し、それらを起点とする階層的な細胞社会が形成されているのではないか、という所謂がん幹細胞仮説へと発展した。本仮説は、初めてその存在を実験的に提示された白血病のみならず、脳腫瘍、乳がん、大腸がん、膵臓がん、そして前立腺がんなどの固形がんについても適応され、注目されてきたが、近年の新しい知見からは、階層的な社会を中心に据えたがん幹細胞理論は新しい局面を迎えている。がん幹細胞はがん組織における様々ながん微小環境の中で新しい変異を獲得し、細胞の代謝を変化させ、後天的な修飾を受けて、生体内の環境に適応できる可能性を持つ可塑性の高い性質を持つ細胞であることが次第に明らかになってきており、がん幹細胞‘性’と捉える考え方も、合わせて受け入れられてきている。前立腺がんにおいては、表面マーカーを用いた、がん幹細胞の存在の同定や、前立腺がんの発生母地との関連が近年報告され、不均一性と可塑性により、幹細胞から幹細胞性へと議論がシフトしてきている印象がある。 京都大学の山中らは、4つの転写因子(Klf4, Oct3/4, Sox2, c-Myc)の導入による、最終分化型の体細胞から直接胚性幹細胞(ES細胞)様の多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell: iPSCs)誘導を報告したが、これら転写因子群はエピジェネシス修飾と多能性・幹細胞性の遺伝子ネットワーク形成に寄与すると推測される7,8)。一方、がんにおいて、がん幹細胞様の遺伝子ネットワークを有するがん細胞が浸潤・転移や抗がん剤耐性機構に寄与することが明らかになってきた9)。ゲノム異常の蓄積と種々のがん微小環境の影響を受けたエピジェネシス進行性前立腺がんにおける薬剤耐性遺伝子発現ネットワークを標的とした新規リプログラミング療法修飾による、幹細胞様の遺伝子ネットワークがCRPCの難治性の形質獲得に寄与していると推測される。我々はCRPCにおける幹細胞性を内包する難治性獲得のプロセスと、体細胞からのiPS細胞誘導プロセスのおける遺伝子ネットワーク変遷の類似性を見出し、この知見を前立腺がん研究に応用できないかと考えてきた。 がんの遺伝子発現プロファイルに着目し、その変化率に着目し、プロファイルを変換する治療戦略を我々らはリプログラミング療法と定義し提唱しているが6)、今回は、転移性前立腺がんに対する新規治療薬としてDER35を導出した。本研究の成果から導出されたシーズDER35は、転移性・薬剤耐性化した前立腺がんに対し、有望な治療戦略を提供するものと考えられる。 DER35のメカニズム解析について今後さらに進める必要があるが、転移がんに対する作用機序が推定されるため、DU145にDER35を投与した検体における転移浸潤に関連する転写因子SNAI1, ZEB1と間葉系マーカーVimentinの発現を定量PCR法で解析したところ、これらの発現を有意に抑制していた(data not shown)。 生命科学の進歩により、ヒトゲノムが解読され新たな創薬標的の発見を通じて、小分子創薬に歴史的に大変革をもたらすことが期待されてきた。米国ではNIHのアカデミアによる創薬スクリーニングへの支援の方針を打ち出し、初期創薬、その後のバイオベンチャー、と製薬会社の創薬へのプロセスにおける役割分担を明確にすることで、創薬のプラットフォームの確立に取り組んできた。創薬研究は、創薬スクリーニングの主体が、化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニングへと変遷し、多大なリソースを要することもありアカデミアにとってはハードルが高いと考えられる。さらに我が国では、基礎研究と臨床開発研究、臨床研究それぞれにギャップがあり、連携が円滑ではないため、大学・研究機関における創薬研究が段階的に進行することが困難である。また、基礎研究により、有用な治療標的が発見されても、実証を8585

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