臨床薬理の進歩 No.41
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考  按したところ、IL-4、IL-10、IL17a、IFNγ、soluble intercellular adhesion molecule 1(sICAM-1)が有意に上昇していた(図3H)。同様に水疱性角膜症のCEnCのトランスクリプトーム解析で酸化ストレスが亢進していたので、前房水中の酸化ストレスマーカー8-hydroxy-deoxy-guanosine(8-OHdG)を測定したところ、水疱性角膜症(0.23±0.12 pg/mL)では正常眼(0.15±0.06 pg/mL, P=0.0051, 図3I)と比較して有意に上昇していた。免疫染色でも水疱性角膜症のCEnCでは8-OHdGが強く染色された(図3J)。DBA2Jの虹彩萎縮に伴う角膜内皮細胞障害がヒトの病態に酷似する 加齢による虹彩の自然萎縮をきたすDBA2J 23)が、ヒト虹彩萎縮伴う前房環境の病的変化とCEnC障害をきたす病態の動物モデルになるという仮説のもと、DBA2Jの虹彩・角膜・前房水変化について検討を行った。まず6週齢と5か月齢のDBA2Jで虹彩を比較すると、5か月齢では虹彩萎縮をきたし、組織切片で虹彩組織の菲薄化と脱色素がみられた(図4A)。CEnCは5か月齢で有意に減少し(図4B)、電子顕微鏡では加齢に伴うミトコンドリアの空胞変性と膜電位の低下がみられた(図4C-D)。この所見はヒトの水疱性角膜症に酷似した。前房水タンパク質濃度はBALBcでは加齢に伴う有意な変化がなかったが、DBA2Jでは加齢とともに前房水タンパク質濃度が有意に上昇した(図4E)。虹彩/角膜組織および前房水のサイトカイン濃度を測定すると、虹彩と前房水では6週齢と比較して5か月齢でIL-6/MCP-1/LIFが有意に上昇したが、角膜では加齢による変化はなかった(図4F)。すなわち虹彩と前房水のサイトカイン上昇が同期した。前房水を遠心分離した沈降した細胞成分をHE染色すると5か月齢のDBA2Jでは有意に好中球が増加していた(図4G)。 本研究はヒト水疱性角膜症の前房水およびCEnCで亢進/低下している生物学的プロセスを明らかにした。また、電子顕微鏡で水疱性角膜症眼に正常ではみられないミトコンドリア異常、クリステ構造破壊と空胞変性が観察された。近年、我々は角膜移植後のCEnCの生存期間が術前の前房水の炎症性サイトカイン濃度に相関することを報告した11〜13)。このことは、前房水の病的変化がCEnCの細胞死を誘導している可能性を示唆したが、その生物学的機序はわかっていなかった。興味深いことに、本研究での多層オミクス解析は下記の機序を明らかにした。まず虹彩萎縮が房水血管柵の破綻と前房水タンパク質濃度上昇を起こすと、同時に前房水の補体/サイトカインなどの炎症や酸化ストレスの増加を惹起する。これらの環境変化に慢性的に曝露されたCEnCは、正常性状態では発現しないサイトカイン受容体が上昇し、ミトコンドリア関連遺伝子の機能不全、糖代謝低下など細胞内変化が起きる。同時に異常な前房水がCEnCの細胞内呼吸やNAD/NADH代謝の低下につながり、最終的にミトコンドリアの変性、CEnC減少になることが明かになった(図5)。 これまでの水疱性角膜症のCEnCの組織学的検討では細胞の減少や欠損24)が報告されてきたが、病態における生物学的プロセスとの関連の検討はされてこなかった。我々の今回の研究でみられた、CEnCの細胞内構造変化(クリステの構造破壊と空胞変性)は水疱性角膜症に特有の所見なのだろうか。過去の報告によると、ミトコンドリア構造の病的変化は多様である。例えば、レーベル視神経症ではミトコンドリアが細胞質に充満し重積したクリステ構造(“mitochondria-stream”と呼ばれる)が報告されている。一方、もう1つの眼科分野でのミトコンドリア疾患である慢性進行性外眼筋麻痺は、ミトコンドリアが膨張し“onion-ring appearance”と呼ばれる内部クリステ構造の消失が報告されている25)。また、Fuchs角膜内皮ジストロフィでは、透過電子顕微鏡で小胞体異常や重度に膨張したミトコンドリアが報告されている26)。ミトコンドリア心筋症では多層ミトコンドリア構造“multi-layered 76

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