臨床薬理の進歩 No.41
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方  法タイル未満では神経学的予後不良症例の頻度が指数関数的に高くなり、児の死亡率も高くなる。また、胎内の低酸素・低栄養環境が将来の生活習慣病の発症とその後の心血管疾患を増加させることも明らかになってきた4)。 FGRの原因の一つとして妊娠初期の胎盤形成不全が挙げられる。妊娠6週から18週頃までに絨毛外栄養膜細胞が脱落膜から子宮筋層内に浸潤し、螺旋動脈のリモデリングが起こることで子宮胎盤循環が確立し、胎児発育に必要な血流が保たれる。しかし、絨毛外栄養膜細胞の浸潤不全・螺旋動脈のリモデリング不全が生じると、子宮胎盤循環が障害され、胎児の発育が抑制される5)。FGRに対しては、胎児の状態の評価を行いながら、娩出時期を決定する管理方法のみで、現在のところ、胎内治療は存在しない。 近年、FGRや妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy:HDP)などの妊娠初期の胎盤形成不全に対する新規治療法の一つとして、ホスホジエステラーゼ(phosphodiesterase:PDE)5阻害薬が注目されている。PDE5阻害薬は、肺動脈性高血圧症、前立腺肥大症、勃起不全に対して保険適用となっており、血管平滑筋の拡張作用がある。血管平滑筋の拡張作用は、一酸化窒素(nitric oxide:NO)が、可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble guanylyl cyclase)を活性化し、cyclic GMPを産生、プロテインキナーゼG(protein kinase G)を活性化することで平滑筋の弛緩を生じる。PDE5阻害薬は、PDE5を選択的に阻害することで血管が拡張し、子宮胎盤循環が改善すると考えられている。胎児に対する奇形などの悪影響は、動物とヒトにおいて報告されておらず、妊婦への使用は安全とランクされている。欧米では、PDE5阻害薬としてシルデナフィルを用いた研究が進められているが、我々はタダラフィルに着目した。タダラフィルは、シルデナフィルと比較し、①半減期が長く、効果発現までが短い6)、②食事の影響が認められない7)、③PDE5への選択性が高く、副作用が起こりにくい8,9)などの特徴があり、治療薬としてより適して胎児発育不全に対するタダラフィル投与による新規治療法の確立いると考えた。三重大学医療の質・倫理検討委員会承認のもとで、FGRに対してタダラフィル投与が行われた11例と、2014年に「産科診療ガイドライン2014」(日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編)に沿って従来型の治療が行われたFGR 14例を比較する症例対照研究を行った10)。その結果、タダラフィル投与群で治療開始から分娩までの胎児発育速度(g/日)と出生時体重が有意に大きいという結果が得られ、FGRに対するタダラフィル治療の有効性が推定された。上記の症例対照研究を経て、倫理委員会承認のもとに、FGRに対して、肺高血圧症治療薬であるPDE5 阻害剤;タダラフィルの経母体的投与による臨床予備試験と安全性、有効性を確認する第Ⅰ相試験を行い、タダラフィルの安全性を確立し、胎児発育を促す可能性を見いだした11)。さらに、我々は、タダラフィルが胎児発育不全をしばしば伴うHDPに対しても有効である可能性を示唆する症例を経験し、論文報告した12)。また、基礎研究おいては、FGRモデルマウスを用いて、母獣へのタダラフィル投与が胎盤循環を改善し、胎児発育を促進することをすでに報告している13)。胎生期にFGRが認められた児においては、大脳皮質の灰白質の体積やシナプス数の減少、白質のミエリン含有量の減少、血管密度の変化、活性型ミクログリアの増加などを認めることが報告されている14)が、本研究ではFGRモデルマウスを用いて、母獣へのタダラフィルの投与が仔の神経学的発達へ与える影響について評価した。 今回、我々が行ってきたFGRに対するタダラフィルを用いた研究について、基礎研究、臨床研究に分けて報告する。臨床研究:胎児発育不全症例を対象としたタダラフィル療法の有用性および安全性の評価1)デザインと対象 本研究では、有効性および安全性の検証を目的とした第Ⅱ相多施設共同前向きランダム化並行群51

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