50年のあゆみ
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臨床薬理の視点を持つことでより良い、質の高い医療につながるうか。創薬に関わり新たな薬物療法も提供していくことを含め、サイエンティフィックに何が提供できるのだろうかと考え、悩みます。今まで積み重ねてきたことは学習すればいいのですが、これから先、どういうところにフォーカスを充てて、臨床薬理を活用して行けばよいのでしょうか。〈渡邉〉答えになるは分かりませんが、例えば、Labbeのプロットというのがあります。聞きなれないかもしれませんが、要は同じ治療でもリスクが高いバックグラウンドを持った人には、有害性よりも有益性が上回り、リスクが低い集団には、有益性より有害性が上回ることがあることを概念的に示したものです。例えば新型コロナワクチンも、高齢者で多疾患を持つようなリスクが高い人には有益です。リスクの低い人とは有益性が違ってきます。有益性と有害性が釣り合う交点を導き出すこともひとつの臨床薬理の仕事であり、薬を使う方々に、その概念を伝えるということも大事だと思います。〈森下〉ただ、現実問題としてかなりたいへんな作業になりますね。〈渡邉〉おっしゃるように、まずエビデンスがないと交点は見出せませんので、一つひとつの臨床試験から得られるデータを集積しなければなりません。〈中野〉サイエンスとして整えることが大切だと思います。その上で医師と薬剤師との交流がもっと進むとよいように思います。診断学を専門に学んできた医師と、薬の扱い方の専門家である薬剤師ですので、サイエンスに基づくデータとして示されれば、両者で共通認識が促進されます。現場レベルでは、医師がどういう説明をしているかを知らされずに、薬剤師が患者に接しなければならない状況もあります。互いにもっとコミュニケーションが取れれば、患者にとってはプラスになりますが、現場は「忙しくてそんなことできません」という状況かもしれません。しかし、とても重要なことだと思います。最近、本財団の臨床薬理学集中講座で、医師と薬剤師が一緒に臨床試験計画を立案するというテーマの研修をしています。そのなかで医師と薬剤師がどのような協働をすると患者の受ける恩恵を向上できるか、という課題を私は課していますが、幸いにして好評です。そこで参加者の話を聞くと、平素は互いに話を十分できていないと言います。〈森下〉ある意味、管理職側からすると、それはできているだろうと思ってしまいますね。〈中野〉参加者の皆さんのアンケートの感想を読むと、なんとなく問題だと感じていても、平素あまり話せていないのが現状のようです。〈平井〉小さい病院では互いの距離が近く、大きな病院になるほど業種間の壁のようなものができてしまいがちだと思います。薬品が生まれるためには、創薬ボランティアが必要で、未来の患者さんのためになる行為であるということを解説して、国民の皆さんが常識として知るような働きかけが必要だと思います。そういう取り組みをしていかないと、治験を含む臨床試験の真の意義の理解は、なかなか進まないように思います。〈渡邉〉医学部の中でも、臨床薬理教育が十分とは言えない現実もあります。〈中野〉医学部の教育と一般の人向けの教育の両方の改善が必要なのだと思います。〈森下〉看護の領域では、日常、患者さんと接していると、「あの先生は薬を出してくれないから嫌です」とはっきり言われる方もいます。自分が具合の悪い時に、その症状をすぐに取ってくれる。そのためにお薬を処方してくれる先生が良い先生だと思っているのです。すぐ薬を出すのが良い医師の条件ではないのですが、未だそういう神話があるのも事実です。ただし、多くの患者さんは、お薬の変更や追加の際に、医師からほとんど説明を受けていないと思います。例えば「効きが悪いから替えます」「もっと良くするために○○を追加します」とは言っても、それによって、今後どうなるかとは説明されません。さらに薬局の服薬指導でも、「お変わりないですか?」と確認されるだけで、患者さんは結局、説明の狭間にスポッと落ちてしまっている面もあると思います。しかし、臨床薬理の先生方はその専門性に裏打ちされた丁寧な説明、アプローチができると思います。そういう点は若い臨床医に、臨床薬理学が臨床において不可欠なのだと感じてもらえる部分だろうと思います。〈渡邉〉私は若いドクターに対して、例えば呼吸器や循環器の専門とともに、臨床薬理の視点を持てば、患者さんにより良い、質の高い医療を提供できると伝えています。〈家入〉渡邉先生がおっしゃることは、まさにそのとおりだと思います。臨床薬理学的な視点で見ることの重要性だと思います。ただ、患者さんの薬物療法を考える時に、臨床薬理学者が持ってる武器というのは何か、という課題もあると思います。大学等で学び、身につけたことがどれほど活用されるのか。また、その重要性をどれほど皆さんに理解されるのだろうか、そこはひとつのクエスチョンです。私たち臨床薬理の人間は、今後、何を武器として、あるいはどういうサイエンスを持ったらよいのだろ66座談会

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