今も変わらず臨床薬理学とは 「人間回復の医学」という位置付け中野重行 氏1.日本の臨床薬理学の歴史を振り返る求していた領域が、その後の私のライフワークになりました。医学部を卒業する頃には、具体的なイメージとして、「心と体の両方を診ることのできる内科医」になりたいと思うようになっていました。卒業する少し前に、幸運にも、九州大学に日本初の心身医学講座(心療内科)が開設されました。迷うことなく、この心身医学講座の大学院生になりました。しかし、今度は70年安保闘争の時期と重なりました。東京大学の入試がなくなるほど、全国的に大学紛争が激化した時期でした。大学院生として研究と臨床を行いながらも、日本の医療とそのなかでの私たち自身の生き方について、仲間たちと熱く議論する日々が続きました。この間、「人間回復の医学」というキーワードが、常について回っていた気がします。心身医学の臨床では、抗不安薬や抗うつ薬などの向精神薬が使われることが多いので、4年間の大学院生の後、向精神薬について深く学びたいと思い九州大学薬学部の薬理学講座の研究生にしていただきました。全くの偶然ですが、その年に日本臨床薬理学会の前身となる臨床薬理学研究会が発足したのです。臨床の素養があって薬物にも関心を持つ医師として、ちょうどよい人材が現れたといった感じで、臨床薬理学の世界に引っ張り込まれました。臨床薬理学の「臨床」の意味するところは、「ベッドサイド」ということです。つまり、患者のそばにいるということです。なので、私にとっての臨床薬理学は、「人間回復の医学」といったイメージを根底に持ちながら向き合ってきたように思います。ところで、臨床薬理学研究会は1970年に第1回が開催されましたが、研究発表演題数は10題ほどで、そのうち人を対象にした研究は2~3割程度という状態が、2~3年間続きました。私は第1回目から参加しましたが、第2回目からは継続して人を対象にした臨床薬理学的研究の演題を発表することができました。その後1975年に、愛媛大学医学部薬理学講座に小川暢也教授と一緒に私も助教授として赴任しました。これも全く偶然ですが、その年に臨床薬理学研究会の中に、日本製薬工業協会の寄付による海外研修員制度が発足し、第1回研修員に選ばれてスタンフォード大学に留学することになりました。このようにいくつもの偶然とも思えないようなことが重なり、心身医学だけでなく、臨床薬理学を専門領域にすることは、自分に与えられた天命のように思えるようになりました。私がスタンフォード大学に留学して2年目の後半の時期に、浜松医科大学薬理学講座の初代教授に就任された中島光好先生が、臨床薬理研究振興財団の助成を受けて米国の臨床薬理学の視察に来られました。その時はじめて、本財団が設立されたことを知〈渡邉〉最初に中野先生から、日本の臨床薬理学の歴史を振り返っていただき、ご自身の臨床薬理学との関わりとご経験をお聞かせください。〈中野〉私がなぜ臨床薬理学を始めるようになったのか、大学に入学した頃のことからお話ししたいと思います。私が育った地元の岡山大学医学部に入学したのは、60年安保闘争の時期でした。日米安全保障条約の闘争が激しくなるなかで、私はデモや反体制的活動にはどちらかというと少し距離を置く立場でしたが、私たちの力で未来を変えようという時代の熱い風を感じていました。しかし、具体的にどう行動したらよいのか、未だ若くて分からずに悶々とした学生生活を送っていました。「全国医学生ゼミナール(略称:医ゼミ)」と呼ばれる医学生が主体になってつくっている会がありますが、私が5年生の秋、私たちの大学が主管して「第9回医ゼミ」を担当することになりました。「医ゼミ」の開催は、全国の各大学が輪番で、毎年1回開催しており今も続いています。私たちは「第9回医ゼミ」に向けて1年前の4年生の時から本格的な準備に取りかかりました。「社会保障制度分科会」「医学教育分科会」「公衆衛生分科会」などと並んで、「医学研究方法論分科会」を私が責任者になって担当することになりました。未来へ向けた医学研究のあり方を、全国の医学生が語り合う場をつくる分科会です。まだ医学研究をしたこともない一学生には荷が重いテーマでしたが、全学から希望者を集めて、医学史や医療倫理や医学研究方法論などの勉強会から始めました。幸いにして、50人近い熱心な医学生の希望者が集まり、ディスカッションの末、科学の必然として現代医学の研究が細分化することにより、取り残されがちになる面に光を当てることにしました。人間全体が見え難くなる医学研究の傾向を是正するために、「人間回復の医学」に焦点を当てることにしたのです。そして、最終的に掲げたメインテーマが「ウイルヒョウの細胞病理学からの脱出」になり、キーワードは「心身医学」、「全人的医療」、「行動科学」などでした。結局この時追53
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