50年のあゆみ
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2 11財団設立50周年おめでとうございます。本財団が設立された1975年は私が旧第一製薬に入社した年です。私の会社員人生は入社まもなくから臨床薬理学という学問領域に大きな影響を受けていますので、この機会に臨床薬理学と私の50年を振り返って見たいと思います。 私は、研究所の薬理研究部に配属されました。学生実習レベルの薬理学知識しかなかったため、当時から定評のある薬理学書Goodman & Gilman's で勉強しましたが、1975年当時の版では自律神経系と循環器系以外の記述はあっさりしたものでした。薬理研究部では、開発中の薬剤の基本的な薬理作用確認のために、摘出臓器を用いて平滑筋の収縮を煤煙紙に記録するマグヌス法も行っていました。このような古典的薬理学から高度な測定機器を使い生化学・分子生物学的手法を駆使した薬理学研究への進歩により、この50年間に多くの画期的な薬剤が出現したことは驚くべきことです。私の手元にある第13版のGoodman & Gilman'sでは、各セクションの記述の濃密さは私が50年ほど前に読んだものとは比べようがないくらいです。ところで、現在のGoodman & Gilman'sの編者の一人はバンダービルト大学臨床薬理部門のWiliam Stokes Professorですが、このポジションが旧第一製薬の寄付講座にその起源があることを知る人は少ないかもしれません。 50年前の疾患動物モデルは病態生理学的な意味づけが必ずしも十分ではないものが多く、実験動物での薬理効果とヒトの臨床試験の結果にギャップがあるように感じられました。そんな中、動物とヒトとのギャップを埋めるための方策のひとつとして臨床薬理学を盛んにしなければならないという機運が社内に生まれており、その中心人物の一人が後に本財団の常務理事を9年にわたって務められた秋元健氏でした。秋元さんは薬学と医学を修めた社内薬理研究のリーダーの一人で、私の入社当時は毒性学を中心とした安全性研究部長を務めておられました。化学が中心の薬学教育ではどうしても形態学に弱点があり、薬理研究に必要な多くの疾患の病態についての系統的な知識も不足していると感じるようになっていた私は、薬理研究に必要な知識を多面的に学びたいと思うようになりました。秋元さんの勧めに従って医学部に進んだ私は、臨床薬理学という当時はまだ余り一般的ではない学問領域を強く意識するようになりました。 医学部卒業時には、臨床研修を受けることを秋元さんに勧められました。秋元さんご自身は卒業後すぐに薬理研究に進み抗炎症薬の研究で成果を上げ学位を取られましたが、臨床現場を知らないことを悔やんでおられたからでした。私は内科の臨床研修を受け、その後は血液凝固調節の研究で学位を取得しました。学位取得後は臨床薬理研修のためロンドン大学王立医学大学院(RPMS)の臨床薬理学に留学し、基礎薬理学研究の傍ら、企業から依頼のあった臨床薬理試験、P-II、P-III試験を実施して欧州での臨床試験の進め方を学びました。さらに、当時RPMSの学長だった著名な臨床薬理学者であるSir Colin Dolleryと臨床薬理学について議論する機会が持てたことは得難い経験でした。当時の日本の臨床試験結果は日本語の論文で発表されていたためDollery先生は知ることができず、日英両国の臨床現場でよく使われる薬剤に違いがあることも疑問に思われていました。そこで、日本の治験論文の内容を私が説明し、臨床試験の方法論について議論する機会を3~4週間に1回持ち、'The top 50 drugs in the UK and Japan: why are they so different?'という論文にまとめました。議論の中で、臨床評価の基本的な考え方や英国で臨床試験の環境がいかにして整備されてきたか等、臨床薬理学について多くを学ぶことができました。帰国後、研究開発企画や臨床薬理に従事し、市販後安全性管理の責任者、臨床開発企画の責任者から研究開発本部長を務めた時も、留学中に学んだ臨床薬理学の考え方が私の判断の基準になっていたように思います。 私は、2018年から本財団の理事長を3年間務めさせていただきましたが、新入社員の頃に興味を持った臨床薬理学を振興する役割に運命的なものを感じていました。臨床薬理学は私の考え方の基礎を形作ったもののひとつで、それを学ぶ機会を与え指導してくださった多くの恩師・諸先輩方に感謝しています。そして、何よりも臨床薬理学の重要性を50年前から認識して本財団を設立し、日本の臨床薬理学をサポートし続けた旧第一製薬、第一三共の企業姿勢に改めて敬意を表します。薬剤のモダリティは変わったとしても、基礎と臨床の橋渡しを担う臨床薬理学の役割はますます重要となっていきますので、本財団の今後一層の発展を期待しております。元 東京医科歯科大学 理事・副学長・CFO元 第一三共株式会社 代表取締役副社長元 公益財団法人 臨床薬理研究振興財団 理事長廣川 和憲臨床薬理学と私の50年50周年に寄せて50周年に寄せて

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